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静岡地方裁判所 昭和56年(行ウ)17号 判決 1985年3月14日

静岡県浜名郡新居町新居三四一〇番地の二

原告

宮城俊介

右訴訟代理人弁護士

鶴見祐策

静岡県浜松市元目町三七番地の一

被告

浜松税務署長

田中正雄

右指定代理人

須藤典明

星川照

藤井光二

小林武

出羽章雄

小泉治

右当事者間の課税処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対して昭和五五年一月二五日付でなした原告の昭和五二年分所得税についての更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五三年三月一五日、昭和五二年分の所得税に関し、総所得金額をマイナス三五一六万三五六四円、分離長期譲渡所得金額を二四〇七万〇六〇三円、還付されるべき税額を一〇万五七三八円とする確定損失申告書を被告に提出した。

2  原告が申告した昭和五二年分の分離長期譲渡所得金額二四〇七万〇六〇三円は、原告が昭和五二年八月二七日に所有地三筆(別紙物件目録記載(三)ないし(五)の土地)を売却したことによる売買代金収入一億二九六三万三六九二円から、買換資産等の取得価額一億〇三七五万一三四〇円及び必要経費一八一万一七四九円を差引いて算出したものである。

3  ところで、原告は、昭和五二年一月一〇日付証書により、妻訴外宮城弘子(以下「弘子」という。)、長女訴外宇田富江(以下「富江」という。)及び次女訴外鈴木多江(以下「多江」という。)との間で、次のとおりの内容の土地所有権移転契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 別紙物件目録記載(一)の土地の二分の一の共有持分を同日付で弘子に譲渡する。

弘子は、原告の第三者に対する債務のうち一〇〇〇万円につき、原告に代わって支払う。

(二) 別紙物件目録記載(二)の土地の各二分の一の共有持分を富江及び多江にそれぞれ譲渡する。

富江及び多江は、それぞれ、原告の第三者に対する債務のうち八〇〇万円につき、原告に代わって支払う。

そして、同年四月七日別紙物件目録記載(一)の土地につき、右(一)の契約に基づく贈与を原因とする所有権移転登記が、同年四月八日別紙物件目録記載(二)の土地につき、右(二)の契約に基づく贈与を原因とする所有権移転登記が、それぞれ経由された。

同年九月九日、原告の債務の弁済として、弘子が一〇〇〇万円、富江が八〇〇万円、多江が二〇〇万円を原告の債権者に支払い、更に、多江は同様に同月一二日に四〇〇万円、同月二四日に二〇〇万円を支払った。

4  被告は、昭和五五年一月二五日、本件契約に基づく弘子、富江及び多江ら第三者による弁済によって原告が自己の債務を免れたことにつき、所得税法三三条所定の譲渡所得が発生するとの見解の下に、原告の前記申告に係る分離長期譲渡所得金額を四八四二万三九三七円に、納付すべき税額を二四六万一八〇〇円に更正し、かつ、過少申告加算税一二万八六〇〇円を賦課する決定(以下「本件処分」という。)をした。

5  原告は、本件処分を不服として、昭和五五年三月一〇日、被告に対して異議申立をしたが、被告は同年六月一〇日異議を棄却する決定をしたので、同年七月八日、国税不服審判所長に対して審査請求を申立てたところ、同所長は昭和五六年六月一日、これを棄却する裁決をし、同裁決書の謄本は同月一三日に原告に送達された。

6  しかしながら、本件契約は負担付贈与契約であり、贈与契約の付款として特約される受贈者の負担が、法律上、贈与財産の対価と解される余地のないことは明らかであって、本件契約によって原告に譲渡所得が発生する理由は全くない。したがって、本件処分は被告の誤った見解に基づいてなされた違法の処分である。

7  よって、原告は、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし5の事実は認める。

2  同6の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件処分の計算根拠

(一) 総所得金額 マイナス 三一五九万八〇六六円

(1) 事業所得金額マイナス 三二三八万五九八六円

(2) 配当所得金額 三万一九二〇円

(3) 給与所得金額 七五万六〇〇〇円

(4) 譲渡所得金額 〇円

原告は、昭和五二年中に自己所有の井戸と自動車二台を売却し、その売却代金から取得費及び譲渡費用の合計額を差し引いた額は、マイナス三五六万五四九八円になるところ、右譲渡による譲渡所得金額は租税特別措置法(以下「措置法」という。)三一条の規定により長期譲渡所得金額と通算されるので〇となる。

(二) 長期譲渡所得金額 四四八五万八四三九円

(1) 譲渡収入金額 一億五五六三万三六九二円

別紙物件目録記載(三)ないし(五)の土地の譲渡収入一億二九六三万三六九二円と、同目録記載(一)及び(二)記載の土地の譲渡収入二六〇〇万円との合計額

(2) 取得費 七七八万一六八四円

別紙物件目録記載(一)ないし(五)の土地は、いずれも、原告の父が昭和二七年一二月三一日以前に取得していたものを原告が昭和四〇年三月三一日相続(単純承認に係るもの)により取得したものであるから、原告が引き続き所有していたものとして(所得税法六〇条一項一号)、その取得費は措置法三一条の三第一項(昭和五四年法一五号による改正前のもの。)本文の規定により、収入金額の一〇〇分の五に相当する金額とされる。

(3) 譲渡に要した費用 二五九万二六七三円

(4) 原告は、措置法三七条一項一四号に規定する買換資産を一億〇三七五万一三四〇円で取得しているので、譲渡所得は、譲渡収入金額と買換資産の取得価額の差額に相当する部分についてだけ譲渡があったものとして計算され

(同法三七条、同法施行令二五条四項)、別紙算式のとおり、四八四二万三九三七円となる。

しかして、右四八四二万三九三七円と前記井戸及び自動車二台の譲渡による譲渡所得金額マイナス三五六万五四九八円とを通算すれば、長期譲渡所得金額は四四八五万八四三九円となる。

(三) 課税長期譲渡所得金額 一二八七万六〇〇〇円

長期譲渡所得金額四四八五万八四三九円から総所得金額の損失額三一五九万八〇六六円を損益通算し、更に所得控除額三八万四〇五〇円を控除して算出した金額一二八七万六三二三円から国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項の規定により一〇〇〇未満の端数を切り捨てた額。

(四) 納付すべき税額 二四六万一八〇〇円

原告の課税長期譲渡所得金額の百分の二〇に相当する二五七万五二〇〇円から、配当控除一五九六円(所得税法九二条)、特別減税額六〇〇〇円(昭和五二年分所得税の特別減税のための臨時措置法((以下「臨時措置法」という。))四条)、原泉徴収税額一〇万五七三八円を控除したもの。

(五) 過少申告加算税 一二万八六〇〇円

原告の申告による還付されるべき税額一〇万五七三八円と、原告の納付すべき税額二四六万一八〇〇円及び特別減税額六〇〇〇円(臨時措置法一二条二項)の合計金額二五七万三〇〇〇円(通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数切捨て)に百分の五を乗じて算定したもの(通則法六五条、一一九条一項)。

2  本件契約をめぐる事実関係

(一) 原告は、訴外浜名湖競艇企業団(以下「競艇企業団」という。)が経営する浜名湖競艇場の敷地に近接して養鰻池を所有し、養鰻業を経営するものである。

(二) 昭和五一年末頃から昭和五二年初め頃にかけて、養鰻業界は極めて業況が厳しく、原告の経営する養鰻場においても、更に生産性を向上させるため、多額の事業資金が入用になっており、一方競艇企業団も競艇場の避難区を確保する必要があったことなどから、昭和五二年に入って間もなく、前記競艇場敷地に近接する原告所有の別紙物件目録(一)ないし(五)の土地を競艇企業団に売却することについて、両者の間で話が具体化し、競艇企業団は、同年二月二八日に開催された全員協議会で、原告の所有する前記土地を買収することに異議はない旨の決定をした。

(三) 同年三月末頃から同年四月初め頃にかけて、同年一月一〇日付で別紙物件目録記載(一)の土地の各二分の一の共有持分を、原告から弘子及び原告の長男訴外宮城和敬に贈与し、同目録記載(二)の土地の各二分の一の共有持分を、原告から富江及び多江に贈与する旨の贈与証書が作成されたが、弘子、富江及び多江の三名に対する贈与証書には、弘子ら三名が原告の第三者に対する債務合計二六〇〇万円を引き受ける旨の特約の記載があった。

(四) 本件契約により、弘子が譲り受けた土地の共有部分の当時の相続税評価額は一〇〇六万六三三七円、富江及び多江が譲り受けた土地の共有持分の当時の相続税評価額は各八四〇万〇一二五円であった。

(五) その後、原告は、別紙物件目録記載(三)ないし(五)の土地を競艇企業団に売却し、弘子ほか三名も、本件契約に基づいて原告から譲り受けた土地の各共有持分(以下「本件土地」という。)をいずれも競艇企業団に売却した。そして、弘子ら三名は、同年九月九日に競艇企業団から支払われた売買代金(総額一億二九六三万三六九二円)の一部を、原告が浜名湖養魚漁業協同組合及び遠州信用金庫に対して負っていた債務の一部合計二六〇〇万円の支払に充てた。

(六) しかしながら、弘子、富江及び多江はいずれも原告と同一所帯に属していたのであって、壮健な原告とは別に弘子ら三名が本件土地を用いて養鰻業を営む予定があったとはうかがえず、現に営んだ事実も存しない。

そうすると、本件契約は、原告が別紙物件目録記載(一)ないし(五)の土地の全部を直接競艇企業団に譲渡することにより、多額の所得税を課されるのを回避するためになされたものと考えられる。

3  譲渡所得の発生の要件

所得税法三三条一項は、譲渡所得を、「資産の譲渡(建物又は構築物の所有を目的とする地上権又は賃借権の設定その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為で政令で定めるものを含む。以下この条において同じ。)による所得」と定義している。右規定によれば、譲渡所得の要件は、<1>資産の譲渡が存在すること、<2>所得が存在すること、<3>資産の譲渡と所得との間に因果関係が存在することの三点であることが明らかである。

譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるから、右規定にいう「資産の譲渡」とは、有償無償を問わず資産を移転させるいっさいの行為をいうものと解すべきである(最高裁判所昭和五〇年五月二七日第三小法廷判決、民集二九巻五号六四一ページ)。したがって、売買はもちろんのこと、交換、贈与、代物弁済、物納、競売、公売、収用、財産分与、負担付贈与等あらゆる資産移転行為がこれに含まれる。

また、右規定にいう「所得」とは、暦年中に発生した経済的利益をいうものと解すべきであり、支出すべき失費を免れる場合のように消極的に財産的不利益を免れる場合もこれに含まれる。

なお、所得金額の計算の通則につき、所得税法三六条一項は、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。」と規定して、金銭以外の物又は権利その他の経済的な利益も所得金額の計算上収入金額とすべき旨を定めている。

更に、資産の譲渡と所得との間の因果関係とは、「あれ無ければ、これ無し。」といわれるような連鎖関係(端的にいえば牽連性)をいうものであるが、特に租税法においては、応能負担の原則及び平等負担の原則が重要であるから、資産の譲渡と所得との牽連関係の有無は、単なる当事者の主観的意図によってではなく、その経済的な実態を斟酌したうえで客観的に判断されるのである。けだし、経済的に同一の効果を収める行為に対する課税関係が当事者の主観的意図によって異なる結果となることは、到底容認することができないからである。

したがって、納税義務者が資産の譲渡に関連して取得した経済的利益は、所得税法三三条一項所定の譲渡所得に該当するのである。

4  本件契約による譲渡所得の発生

(一) 本件契約には、前記のとおり、原告が負担する債務のうち、一〇〇〇万円を弘子が、各八〇〇万円を富江及び多江が負担する旨の特約が付されているところ、弘子ら三名がそれぞれ負担することになった原告の債務額は、本件契約により弘子ら三名がそれぞれ譲り受けた土地の共有持分の相続税評価額にほぼ見合っている。このことは、とりもなおさず、前記特約による弘子ら三名の合計二六〇〇万円の負担が、本件土地の所有移転の対価であったことを示している。

(なお、弘子ら三名は、譲り受けた土地の共有持分の相続税評価額と前記特約による負担額との差額が、いずれも贈与税の基礎控除額である六〇万円(相続税法二一条の五)以下であったため、土地の共有持分の取得につき、贈与税の負担を免れた。)

また、弘子ら三名は、多江が九月二四日に支払った二〇〇万円を除き、いずれも本件契約が成立した日以後に新たに発生した原告の債務について、原告に代わって支払をしており、前記特約中で意味を有するのは、弘子ら三名が原告のために特約に定められた額の金銭を支払うということに尽きる。そうだとすれば、弘子ら三名は、原告から本件土地の譲渡を受ける代わりに、原告に対して一定額の金員の支払を約したものといわざるを得ず、このことはまた、弘子らの支払った二六〇〇万円が本件土地の譲渡の対価そのものであったことを示している。

したがって、本件契約は、原告が弘子ら三名に対して本件土地を譲渡し、他方、弘子ら三名が原告に対して本件土地と等価性のある金銭の支払を約する趣旨の契約であると評価できるから、売買類似の諾成、双務の無名契約とみるべきであり、これにより、原告に譲渡所得が発生することは明らかである。

(二)(1) 本件契約が負担付贈与契約であるとしても、負担付贈与も資産の移転であるから所得税法三三条一項の「資産の譲渡」にあたり、また、原告は、本件契約により、弘子ら三名に対し、合計二六〇〇万円の自己の債務を消滅させることを請求する権利を取得して二六〇〇万円に相当する経済的利益を得ているから右資産の移転と因果関係のある「所得」の存在を認めることができる。

したがって、右所得が同項所定の譲渡所得にあたることは明らかである。

(2) なお、同法五九条一項は、いわゆる「みなし譲渡課税」を行うことを規定しているが、これは、同法三三条にいう「資産の譲渡」に無償譲渡が含まれることを前提として、ただ、無償譲渡の場合には、収入すべきものがないため、当該譲渡が時価によってされたものとみなして総収入金額に算入すべき金額を算定すべき旨を定めたもの、すなわち、総収入金額に算入すべき金額を擬制したものと解されるのであって、個人に対する贈与については一切課税しない趣旨の規定ではない。

(三) 原告は、弘子ら三名は原告の第三者に対する債務の履行を引き受けたに過ぎないから、本件土地の譲渡と弘子らが支払を約した二六〇〇万円とは対価関係になく、また原告に所得が生ずる余地はない旨主張するけれども、履行の引受であれ債務の引受であれ、本件契約において、弘子らが本件土地の譲渡を受ける代わりに二六〇〇万円の出捐を約した以上、本件土地の譲渡と右二六〇〇万円の出捐とは対価関係にあるというべきであり、また、原告は二六〇〇万円に相当する経済的利益を得たというべきである。

なお、所得税法は、所得の発生時期に関し、いわゆる権利確定主義を採ったものと解されており、また、一般に、譲渡資産の引渡しがあったときには権利が確定して所得が実現したとみるのが通説であるところ、本件契約に基づく本件土地についての移転登記手続は、弘子に対する関係では昭和五二年四月七日に、富江及び多江に対する関係では同月八日にそれぞれ完了しているから、原告の弘子らに対する債権は右同日に確定したものというべきである。

5  以上のとおり、本件契約によって原告に二六〇〇万円の譲渡収入が生じたとの認定に基づいて被告が行った本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1について

(一) 被告の主張1(一)の総所得金額の項のうち、(1)ないし(3)の金額は認めるが、同(4)の金額は争う。同(4)の譲渡所得の金額はマイナス三五六万五四九八円である。

(二) 同1(二)の長期譲渡所得金額の項のうち、別紙物件目録記載(三)ないし(五)の土地についての譲渡収入金額、取得費及び譲渡に要した費用の額及び同目録記載(一)、(二)の土地の譲渡について譲渡所得の課税が行われるとすれば、その取得費が被告主張額のとおりになることは認めるが、その余は争う。

(三) 同1(三)の課税長期譲渡所得金額の項のうち、所得控除額が三八万四〇五〇円であることは認めるが、その余は争う。

(四) 同1(四)、同1(五)の納付すべき税額、過少申告加算税の金額は争う。

2  被告の主張2について

(一) 被告の主張2(一)の事実は認める。

(二) 同2(二)の事実は知らない。

(三) 同2(三)の事実は、贈与証書が昭和五二年三月末頃から同年四月初め頃にかけて作成されたとの点を除き、認める。

(四) 同2(四)の事実は明らかには争わない。

(五) 同2(五)の事実は認める。

(六) 同2(六)後段の主張は争う。

3  本件契約が、売買類似の諾成、双務の無名契約である旨の被告の主張について

本件契約は、原告が弘子ら三名に本件土地を贈与するに際し、特約をもって、原告の第三者に対する債務の一部について弘子ら三名が履行の引受をすることを約したいわば典型的な負担付贈与契約であるから、右契約か売買類似の無名契約である旨の被告の主張は失当である。

弘子らは、特約により、原告の債務合計二六〇〇万円を支払う旨の負担を負うことになったが、これは、弘子らが、原告の債務の履行を引き受けたものに過ぎず、原告の債権者との関係では、右契約後も依然として原告が債務者であり、また、仮に弘子らが特約上の義務を履行しなかったとしても、右契約による本件土地の所有権移転の効果には消長を来たさないのであるから、弘子らが特約により負うことになった負担をもって、本件土地所有権移転の対価とみることはできない。

また、被告は、本件土地の各相続税評価額と特約による弘子らの各負担額とがほぼ一致することを、前記主張の根拠として挙げているが、相続税評価額は、相続、遺贈、贈与により個人が取得した財産の課税価格を算定するためのもので、通例、市場価格の二割前後になっており、現に、弘子らの各負担額は、競艇企業団への本件土地の売却代金額の一割七分に過ぎないから、本件契約において、弘子らが本件土地と等価的な負担を負ったとみることはできない。

4  本件契約が負担付贈与契約であるとしても、本件契約により原告に譲渡所得が発生する旨の被告の主張について

所得税法三三条一項の「資産の譲渡」とは、有償譲渡を意味し、同項の「所得」とは、資産の譲渡と対価関係にあるもの(典型は売買代金の収入による所得)を意味すると解すべきである。そして、負担付贈与契約における負担は、契約当事者において主観的対価関係に立つものではなく、負担付贈与も無償の譲渡であると解されているから、負担付贈与の負担は同項の所得にあたらない。

また、本件契約によって、本件土地の所有権は原告から弘子ら三名に移転するが、原告の債務は消滅しないのであるから、いかなる意味においても原告に所得が生ずる余地はない。

同法五九条は、法人に対する贈与、法人に対する遺贈等による譲渡所得の金額の計算については、その事由が生じた時に、その時価に相当する金額により、資産の譲渡があったものとみなすと規定しているが、このような明文の規定のない限り、無償譲渡の場合には同法三三条一項の適用の余地はないと解すべきである (法人に対する贈与について特別の規定が設けられたのは、この時点で課税しないと、以後永久に所得税の課税の機会が得られない場合が予想されるからにすぎない。)。

また、被告の引用する最高裁判所昭和五〇年五月二七日第三小法廷判決にいう「無償」とは、代価の現実の支払がなくても、権利の移転が債務の消滅と表裏一体の関係にあり、その意味において対価性が十分に認められる場合に自ら限定して理解すべきである。

所得税法上、昭和三七年から昭和四八年の改正までは、贈与又は低額譲渡により個人の資産の移転があった場合には、その時における価額で譲渡があったものとみなして譲渡所得課税を行うことを原則としながらも、この適用を受けない旨の明細書を提出した場合には、贈与者等の取得価額を引き継ぐことによって課税の繰り延べを行うこととしていた。ところが昭和四八年の改正によって、右の「みなし譲渡課税」は廃止され、法人に対するものを除き、すべて取得価額の引継ぎによる課税の繰り延べが認められるように改められた。

右改正前の同法五九条一項一号の贈与に負担付贈与が含まれることは明白であるところ、右改正の趣旨及び法文の構成から判断して、個人間の贈与の概念は右改正の前後を通じて全く変わらないはずであるから、改正後の同法六〇条一項一号の贈与の概念には、すべての贈与が包含されると解すべきである。

したがって、改正後の右規定により、負担付贈与も含め、個人に対する贈与がなされた場合にはすべて取得価額の引継ぎによる課税の繰り延べが認められることになったから、贈与者に対する譲渡所得の課税の余地はなくなったと解すべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録並びに証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1、2及び4、5の各事実(本件訴訟に至る経過)、請求原因3及び被告の主張2(一)、同2(三)(但し、贈与証書が昭和五二年三月末頃から同年四月初め頃にかけて作成された、との点を除く。)、同2(五)の各事実(本件土地の譲渡の経緯等)は、いづれも当事者間に争いがない。

二  そこで、被告が、本件契約によって原告に譲渡所得が生じたとして、行った本件処分の適否について検討する。

(一)  本件契約の法律的性質について

原告は、本件契約か負担付贈与契約であると主張するのに対し、被告は、これを売買類似の諾成双務の無名契約であると主張するので、まず、この点について検討するに、本件契約締結の際に作成された乙第六号証添付の贈与証書(弁論の全趣旨により、真正に成立したものと認められる。)中に、原告が弘子ら三名に対して本件土地を無償で贈与する旨の記載があること、本件契約は、原告とその妻弘子、長女富江及び次女多江との間で締結されたものであること、前記贈与証書中の特約によって弘子ら三名が負担することになった原告の債務の額(総額二六〇〇万円)は、弘子らが本件土地を競艇企業団に売却した代金の額(総額一億二九六三万三六九二円)と大きく隔っていること等からすれば、原告による本件土地の譲渡と弘子らが負担した債務の履行とが私法上対価関係にあるとは認められないから、本件契約は負担付贈与契約であると認めるのが相当であり、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  本件契約による譲渡所得の発生について

所得税法三三条一項の「資産の譲渡による所得」に対する課税は、保有資産の値上りによりその資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益(キャピタル・ゲイン)を所得として捉え、右値上り益が発生する毎にこれを評価して課税することは実際上の困難を伴うこと等から、当該資産が所有者の支配を離れて他に移転する機会に、それまでの当該資産の値上り益に対して一括して課税する趣旨のものであり、同項の「譲渡」には有償譲渡のみならず無償譲渡も含まれると解すべきである(最高裁判所昭和四七年一二月二六日第三小法廷判決民集二六巻一〇号二〇八三頁、同昭和五〇年五月二七日第三小法廷判決民集二九巻五号六四一頁)。

譲渡所得の金額は、同法三三条三項各号所定の譲渡所得に係る総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費、その資産の譲渡に要した費用及び譲渡所得の特別控除額を控除した金額とされる(同条三項)が、右総収入金額には、所得金額の計算の通則を定める同法三六条一項の規定により、金銭のほか「物又は権利その他経済的な利益」も金銭的評価が可能な利益である限り含まれる。

そこで、これを本件についてみれば、原告が本件土地を弘子ら三名に贈与する旨の昭和五二年一月一〇日付贈与証書中には、特約として、弘子ら三名が原告の第三者に対する債務金の内金合計二六〇〇万円を引き受ける旨の記載があり、同年四月七日には原告から弘子へ、同月八日には原告から富江及び多江へ、いずれも贈与を原因とする前記土地所有権移転登記が経由され、弘子ら三名は、同年九月一日から同月二四日までの間に原告の第三者に対する債務の弁済として合計二六〇〇万円を支払ったものであるところ、右の事実関係によれば、原告は、本件契約の成立により、弘子らに対して、原告の第三者に対する債務のうち合計二六〇〇万円につき、原告に代わって弁済することによりこれを消滅させるよう請求しうる権利を取得したものと認められる(なお、原告の右権利は、原告から弘子らへの右所有権移転登記が経由されたことによって確実なものになったということができる。)。

そして、右権利の取得は、贈与契約における附款として受贈者が負担したことによるものであるから、本件土地の譲渡と因果関係のある経済的利益であることが明らかであり、同法三三条による課税の対象となる所得にあたると解すべきである(この意味では、負担付贈与は、私法上は無償契約の範疇に属するが、所得税法上は、その負担が経済的利益に関わらないものを除き、原則として、資産の譲渡により譲渡者に収入すべき金銭その他の経済的利益があるもの、すなわち、有償譲渡にあたるということができる。)。

また、被告は、本件土地の譲渡による所得に係る原告の総収入金額を二六〇〇万円と認定したうえ、本件処分を行ったものであるが、原告は、本件契約により、自己の債務二六〇〇万円を免れたのと同様、二六〇〇万円に相当する経済的利益を取得したものと認められるから、被告の右認定は相当というべきである。

(三)  所得税法五九条、六〇条について

原告は、所得税法五九条が、法人に対する贈与低額譲渡等の場合における譲渡所得の金額の計算について、譲渡事由が生じた時に、その時における価額に相当する金額により、資産の譲渡があったものとみなす旨規定していることを根拠に、このような明文の規定がない限り、無償譲渡の場合には同法三三条一項の適用の余地はないと解すべきである旨主張する。

しかしながら、同法五九条は、同法第二編第二章第二節第五款の資産の譲渡に関する総収入金額等の計算の特例に関する規定中に位置していることからも明らかなように、同法三三条一項所定の譲渡所得に対する課税が保有資産の値上りによる増加益に対する課税であり、同項の「譲渡」には無償譲渡も含まれることを前提としながら、課税の公平や爾後、譲渡所得に対する所得税課税の機会がなくなること等を考慮して、譲渡所得に係る総収入金額の計算のため同条三項の特則を定めた規定にすぎないと解すべきである。そして、同法五九条一項一号は、単純贈与や相続の場合のように、資産を移転する者の側に収入すべき金銭その他の経済的利益が全くない場合には、同法三六条一項、二項の規定により、譲渡所得の金額の計算上総収入金額に算入すべき金額は零になるところ、このような場合でも、当該資産の移転が同法五九条一項一号所定の事由によるときは、時価によって資産が譲渡されたものとみなして、総収入金額に算入すべき金額を算定すべきことを定めたもの、すなわち、総収入金額に算入すべき金額を擬制した規定であり、また同項二号は、法人に対して著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡がなされた場合にも、これと同様に、時価によって資産が譲渡されたものとみなして総収入金額に算入すべき金額を算定することを定めた規定であって、本件の場合のように、同条一項各号に該当しない事由による資産の譲渡がなされた場合には、原則に立ち帰って、同法三三条三項、三六条の規定によって所得金額が計算されることになるのであるから、原告の右主張は失当である (なお、同法五九条二項に該当する譲渡がなされた場合、すなわち、著しく低い価額の対価として政令で定める額による個人から個人への譲渡で、当該対価の額が当該資産の譲渡に係る譲渡所得の金額の計算上控除する取得費及び譲渡に要した費用の合計額に満たない場合には、累進税率を採用する所得税法の下における馴れ合い譲渡による譲渡損失を否認する趣旨から、譲渡者に対する課税を行わず、取得価額の引継ぎによる課税の繰延べを行うこととされているが、右規定の存在自体、所得税法三三条三項及び三六条一、二項と五九条との関係に関する前記説示の正当性を裏付けるものであるうえ、原告から弘子らへの本件土地の譲渡においては、原告が収入すべき金額は、原告の譲渡所得の金額の計算上控除する取得費及び譲渡に要した費用の合計額を上回っているから、同法五九条二項に規定する譲渡に該当しない。)。

更に、原告は、昭和四八年の改正後における同法六〇条一項一号の「贈与」には負担付贈与も含まれ、個人に対する贈与がなされた場合には、それが単純贈与であるか負担付贈与であるかにかかわらず、すべて取得価額の引継ぎにより課税が繰り延べられるのであるから、贈与者に対する譲渡所得の課税の余地はない旨主張する。

しかしながら、同号は、個人に対する贈与等による資産の移転があった場合、移転者側に収入すべき金銭その他の経済的利益が全くない場合にまで、保有資産の値上りによる増加益を所得と捉えて、これに対する課税を行うことは納税者の理解を得難い面もあるので、このような場合には、譲渡人に対して直ちに課税せず、譲受人が更に当該資産を譲渡したときに、一括して資産の増加益に対する課税を行うことを前提にしながら譲受人の譲渡所得金額の計算の際、譲受人が前所有者の取得費を引き継ぐことを認めた規定であるから、同号の「贈与」は、贈与者側に収入すべき金銭その他の経済的利益が全くない単純贈与(負担付贈与であっても、受贈者の負担が、贈与者に対して、金銭その他の経済的利益を全くもたらさないものを含む。)だけを意味すると解すべきであり、本件のように贈与者側に「収入すべき金額」が生じる負担付贈与は、これを含まないものというべきであるから、原告の右主張も失当である。

三  以上の次第で、被告が、本件契約による原告の譲渡所得に係る総収入金額を二六〇〇万円と認定したことは正当であり、他に本件処分を違法とすべき理由はない。

四  よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することにし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐久間重吉 裁判官 北村史雄 裁判官 孝橋宏)

別紙

物件目録

(一) 静岡県浜名郡新居町中之郷字東海三七二六番一〇

池沼 九六〇九平方メートル

(二) 右同所 同番一九

池沼 七九〇六平方メートル

(三) 右同所三七二五番

雑種地 一九平方メートル

(四) 右同所三七二六番一八

池沼 一万〇四三四平方メートル

(五) 右同所三七二七番五五

雑種地 一一二〇平方メートル

算式

<省略>

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